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個別記事の管理2007-04-01 (Sun)
せっかく早く寝たのに、またしても咳に起こされ、さらに鼻水まで加わって、安眠できませんでした。が、6時に起床した時には、緊張感からか、だるさは微塵もありませんでした。

この日の朝食は、パンをやめ、シリアルにしてみました。
シリアルは何種類か置いてあったのですが、昨日息子が観察したところによれば、イギリス人は何種類かを自分の器で好きなようにブレンドしていたようです。それを真似て、コーンフレークや他の穀物2~3種(何だったか覚えていない・・・)、バナナや杏やレーズンなどのドライフルーツを混ぜ、ミルクをかけて食べました。砂糖はかけなくても、フルーツの甘さで十分でした。
他は、チーズ、スクランブルエッグ、ベーコン、ハッシュドポテト、焼きトマト、焼きマッシュルーム、ポークビーンズ、果物(グレープフルーツ、メロン2種、スイカ)、オレンジジュース、紅茶。
この日初めて食べた焼きマッシュルームが大変気に入り、以後、毎日取る量が増えていきました。ただ焼いて薄い塩味がついているだけなのですが。


この日は、いよいよ今回の旅のメインである、スピナーズ・エンド探しです。ロンドンから電車で2時間近く北に行ったところに向かうので、着る物も重装備です。
長袖の肌着の上から、タートルネックのセーター、さらに毛のカーディガンをはおります。脚には厚地のタイツの上から靴下とジーンズを履きました。最後にもこもこしたフードつきの防寒着を着てでかけました。

地下鉄キングズクロス、セントパンクラス駅に着いたのは、ちょうど8:25でした。8:25発シェフィールド行きに乗りたかったのですが、地上のセントパンクラス駅に行くには少し時間がかかり、間に合いませんでした。ちなみにシェフィールドといえば、映画アズカバンの囚人で、膨らまされたマージおばさんが「シェフィールドの南で発見された」とファッジが話していました(原作ではその記述は無し)が、私が行こうとしていたダービーより遠く、プリベット通りのあるサレー州からはかなり遠くまで飛ばされたようです(映画では)。
そこで、9:00ちょうど発ダービー行きに乗ることにし、しばらく構内で待っていました。この路線は、ミッドランド・メインライン(Midland Mainline )といいます。
駅構内には大きな電光掲示板で日本と同様に各列車の発車時刻と行き先とプラットホームが表示されているのですが、既に行ってしまったはずの8:25発シェフィールド行きの列車の掲示も消えていません。
これは時間にルーズなイギリスの列車のこと、まだ出発していないのではないかと望みをつなぎ、ホームを見ましたが、そんな行き先の列車はありませんでした。「8:25 Sheffield on time」 と出ていましたが、on timeの意味がわからず、早速調べると「時間通り」。
??時間通り出発したのなら、なぜいつまでも掲示しておくのでしょう?
そしてダービー行きもすでにホームにありましたが、誰も乗る気配はなく、人々はベンチで何かを待っている様子です。私たちもなんとなく待ちました。
DSC00132-1.jpgダービー行きの列車

しばらくして、ノッティンガム行きの列車が停まっていたホームから駅員さんの声が掛かると、ベンチにいた人々がぞろぞろとそのホームに向かいました。皆、声が掛かるのを待っていたのです。
DSC00127-1.jpg
ちょうどこの「2」と書かれた低い扉のようなところに駅員さんが立ち、切符を確認していました。
ダービー行きは右奥に見えています。

発車10分くらい前にようやくダービー行きのホームから声がかかり、そちらの短い列に加わって切符を見せて、ようやく列車に乗りました。
DSC00146-1.jpg DSC00143-1.jpg
列車内(二等)の様子。車椅子用トイレは中も広々

シートはゆったりしているし、清潔で温かいし、とても快適でした。
そうそう、ここで私はようやく、カバンから彼を取り出す余裕が出てきたのでした。
DSC00134-1.jpg
旅立ちを前に、感慨深げに駅を眺めるスネイプ先生

10:50頃、ダービーに着きました。
ダービー駅に入る少し前、信号待ちか何かで列車が停まっていた時、ダービーの街の様子が目に入りました。いかにも古い工業都市といった感じの昔風なレンガ造りの建物が並んでいます。
離れたところに停まっていた貨物列車の赤く錆びた車輪に、風で飛んできた新聞紙がひっかかり、パタパタ揺れている様子が「寂れた工業の街」といった雰囲気を醸し出し、気分が盛り上がってきました。

旅行社ではMidland Mainline のロンドンからダービーまでの切符を手配してくれていました。
世界遺産である「ダーウェント峡谷の工場群」に行くには、ダービーから乗り換えてベルパーまで行くと良いと教えられていました。
乗り換えるのは、ダーウェント・バレーラインThe Derwent Valley Lineという路線のようで、15分間隔くらいででているらしい、とも教えてもらっていました。
さあ、ダービーからベルパーまでは、切符を買うところから自力で行わなければなりません。
ところが、The Derwent Valley Lineという路線が見当たりません。
私としては、地下鉄での乗り換えのように、「~Line→」のような表示があると思っていたのです。もしかして日本のJRと私鉄にように一度外に出ないと行けない場所にあるかもしれないと、外に出てみましたが、街頭にあった地図を見てもわかりませんでした。
そこで、もう一度駅に戻り、インフォメーションで聞いて見ました。
何と言ったかは、夢中だったのでもはや覚えていませんが、とにかく、「ベルパーに行きたい」「The Derwent Valley Lineはどこですか」というようなことを言ったのだと思います。すると、パソコンで手際よく調べてくれて、教えてくれました。
よく聞き取れないので、紙を渡すと、「12:26 PLAT2b」と書いてくれました。2b番線から12:26発の列車が出るということです。
でも、15分置きに出ていると聞いていたのに、1時間20分後というのはどういうことでしょう?私は何か間違えて伝えてしまったのではないかと不安になり始めました。
そこで、再び日本の自宅に電話をしました。日本時間では夜の8時くらいですから、絶対誰かいると思ってかけたのに、誰も出ません。
夫の携帯にかけたら、やっと通じました。レストランで子どもと食事中だったらしいです。なんて迷惑な電話をかけてしまったんだ…
とは言え、こちらも必死。
「乗り換えたいのに、私は何か間違えているみたい」「どこか離れたところに別な駅がないか調べてもらいたかった」と言ってはみたものの、相手だってパソコンもないし、力になってもらえそうにありません。
諦めて切ろうとしたら、「タクシーに交渉してみたら」とのアドバイスがもらえ、挑戦してみることにしました。
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* Category : 1回目(2007年3月)
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個別記事の管理2007-04-02 (Mon)
ダービー駅の外は小雨が降りだしたところでした。
タクシー乗り場はすぐわかりました。
先頭の車の運転手さんに、「I want to go to Belper」「How much?」と言ってみました。ところが、運転手さんは、何か長い文章を言っています(汗)どうやら「ベルパーは初めて行く。ベルパーのどこに行きたいのだ?」と言っていると思われました。
私にしても、ベルパーのどこ、というあては元々ありませんでしたから、示しようがありません。持っていった家並みの写真をプリントアウトしたものを見せました。ベルパーには、工場に勤める労働者たちの長屋があったようです。
すると、「他に行きたい所はないのか?」と思われる質問があり、私は「クロムフォード」と答えました。こちらは工場の跡がある場所です。
運転手さんは、ベルパーなら£15(約3500円)、クロムフォードなら£25(約6000円)だと言います。
ベルパーまで乗せていってもらうことにしました。
一時はどうなることかと思いましたが、なんとかベルパーまで行けそうでほっとしました。途中で、「ベルパー駅」と言えばよかったと気付いたのですが、どこで降ろしてもらえるのか見届けたくなり、そのまま黙っていました。
DSC00149-1.jpg
車窓から見た高い煙突のある建物(ベルパー近く)警告する指のようにも見えます。
「廃墟になった製糸工場の名残の巨大な煙突が、黒々と不吉にそそり立っていた」(6巻2章p.32)
「あのそびえ立つような製糸工場の煙突が、巨大な人差し指が警告しているかのように、通りの上に浮かんで見える」(6巻2章p.35)

結局、「ベルパー駅」の表示を通り過ぎてしばらく行った大きな工場前で降ろしてくれました。
DSC00150-1.jpg

この時のメーターの表示は£16.7(4000円弱)でした。この金額で請求されるのか、£15で請求されるのかわかりませんでしたが、既に£15と、チップとして£2コインを用意してありました。タクシーのチップは料金の10~15%だとガイドブックにあり、そうなると£1.5~£2.2ということになるからです。結局運転手さんは、メーターを指しました。金額が違うでしょう、と指摘する言語的能力もエネルギーもなく、さらに1ポンド足して£18渡しました。これだと16.7+1.67=18.37でちょっと少なめのチップが入っているという感じだと思ったのです。
が、運転手さんはどういうわけか、1ポンドと5ペンスをお釣りとしてくれました。どういう計算かわからず、「ティップ」と言って渡そうとするといらないというようなジェスチャーをします。運転手さん、言葉のわからない外国人を適当な所で降ろしてしまった、との罪悪感でもあったのでしょうか。私はここでよかったのに。でも、なんだか嬉しかったです。
この後どうせ駅を利用することになるので、通り過ぎた駅を目指して戻りつつ、家並みを見ていきました。
すると、いかにも古そうなレンガの建物が向かい合う通りを見つけました。ネットで見つけたmill workerのcommunityではないでしょうか。
DSC00152-1.jpg DSC00155-1.jpg
この通りを行くと少し新しい建物の町並みに移行してしまうので、袋小路にはなっていませんでしたが、このまま行き止まりでもあれば、私のイメージするスピナーズ・エンドそのものでした。
「荒れ果てたレンガ建ての家が、闇の中にどんよりと暗い窓を見せて、何列も並んで建っていた。(6巻2章p.33)
何列も、というわけではありませんでしたが、こんな通りは他にもありました。そして道も年季の入った石畳でした。
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「壊れた窓を通り過ぎるナルシッサの足音が、石畳にこだました」(6巻2章p.35)

一軒の家が売りに出されていたので、ちょっと撮ってみました。
DSC00157-1.jpg

DSC00156-1.jpg DSC00158-1.jpg
わかりにくいのですが、下段右側の写真の窓の奥には、向こう側の窓と外の風景が少し見えています。扉の向こうの部屋の奥行きはそれほどないというか、奥には部屋がないのです。二階にはありますが。一軒あたりの幅からして横にもう一部屋あるかどうかは、わかりません。左側の写真が、ほぼ一軒分の幅なので、かなり狭いのではないでしょうか。
「入ったところがすぐ居間になっていた。暗い独房のような部屋だ。(6巻2章p.36)
実際隠し扉と隠し部屋でもなければ、ワームテールとの同居も難しい感じです。

DSC00159-1.jpg
一番奥ではないけれど、奥の方の建物の前にて撮影

それでも路上駐車の車が示すとおり、ここには人が住んでいて、時々一人二人、通りを歩いています。若い人が一人で住んでいる、といった様子でした。ここで、怪しい二人連れの東洋人が、写真を撮っている、などと思われたくなかったので、非常に気を遣って撮影していました。
特に、「先生」を撮影する時は。
DSC00160-1.jpg

この街は、思っていた以上に田舎でした。私のイメージでは、最初に降りた駅、ダービーの方がスピナーズエンドのある街に近い気がします。
さすがにローリングさんもここまで辺鄙な場所をイメージしてはいなかったかもしれない、と思いつつ、私はとても満足していました。
街の近くに川は流れているものの、臭気の漂うようなどぶ川ではないし、家並みも何列もあるわけではないけれど、その古い長屋は、確かに私のイメージするスピナーズ・エンドだったからです。
息子に見えないよう、こっそり感動の涙をぬぐっていました。
レンガ造りの長屋の一角で、スネイプ先生がどんな幼少時代を送ったのか、マグルの掃き溜めのような場所で、いつから自分が魔法使いだと知っていのか、考え出すときりがありませんでした。
* Category : 1回目(2007年3月)
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個別記事の管理2007-04-03 (Tue)
イメージ通りの家並みに満足し、次に目指すは紡績工場跡地です。
電車でさらにロンドンから遠ざかる方向にあるクロムフォードという所に水力を動力とした紡績工場が、産業革命時代に作られたはずでした。
6巻2章に書かれた「製糸工場」「廃墟」の言葉から私なりに推測したスピナーズ・エンド候補の一つでしたが、色々調べていくうち、産業革命や紡績工業自体にも興味は及んでいました。
そんなわけで、一度は紡績工場跡も見てみたかったのです。トビアスは、紡績工(スピナー=Spinner)だったかもしれないし。

さて、私たちは標識に従ってベルパー駅を探し始めました。
しかし、ある程度歩くと、標識の矢印の向きが正反対になってしまうのです。つまり通り過ぎてしまっているらしいのですが、全く駅が見つかりません。わけのわからないまま同じ場所を行ったり来たり。
そこは大きめのスーパーの裏側でした。
高いレンガの壁に囲まれた狭い通路を行きつ戻りつしながら、息子は「漏れ鍋のようになっているんじゃないか」と言います。まさにそんな感じで、レンガを突付くとか、呪文を唱えるなど、何か駅に通じる決定的なものを見逃しているのではないかという気もしました。
しかし、結局、スーパー裏のまるで個人の家に通じる私道のような小道の先に、ようやく駅を発見しました。
無人駅でした。
DSC00168-1.jpg
ベルパー駅(左の道がスーパー裏から通じる下り坂)

ちょうど、「千と千尋~」で千尋が別の世界に迷い込んだ時、橋の上から覗き込んだ下に線路があったような感じで、街より低い位置に線路も駅もありました。前の記事で、家並みの奥の方でスネイプ先生を撮った写真は、左横が橋になっていて、覗き込むと下を線路が走っています。

イギリスでは乗り越しは厳禁で、行き先までの切符を持って乗らなければ高い罰金を払わなければならないというのに、切符売り場が見当たりません。途方に暮れてしまいました。
息子はタクシーを探そうと言いますが、タクシー乗り場もないのです。先に進むことも戻ることもできなくなったと思い、血の気が引きました。しかも時刻表を見ると、1時間に1本あるかないかの電車があと10分くらいで来そう。ここは何としてでもその列車に乗らなければ。
そこで、勇気を出して真っ赤なコートの若い女性の通行人に聞いてみました「where can I buy a ticket?」すると「on the train」と教えてくれました!
電車の中で買えば良いようです。その後さらに「You should~」と言ってくれたのですが、私には聞き取れず。私は何をすべきだったのか、未だにわかりません(汗)

さらに時間が近づくと、犬を連れた年配の男性がやってきてベンチに座ったので、もう一度同じ質問をしました。
するとやはり、「on the train」さらに「Ticket man」が来てくれるので、あなたは彼を呼ぶ必要がない(多分そう言ったと思う)、というようなことまで教えてくれました。なんて親切な人なんでしょう!

乗ってみたら、その通り、「Ticket man」が来て行き先を尋ね、映画のナイトバスのスタンのような感じで切符を出して売ってくれました。二人で£5(約1200円)でした。ちなみに犬連れのおじさんも乗りました。
そして、降りたクロムフォード駅も、無人駅でした。
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DSC00174-1.jpg
いつの間にか、単線になっていて、行きも帰りも同じホーム。でも、以前は横に線路があったことをうかがわせる配置。

駅を出てびっくり!ここは、ベルパー以上に回りに何もない駅でした。森の中に突然駅があるというような、不思議な風景でした。
それでも、歴史的な工場跡があるという標識はあり、時々車の通るそれなりの道路がありました。緑の薫りの静かな道の横には、ゆったりと流れるそれほど幅もない川が流れて、時々人気の感じられない教会やホテルがぽつぽつとありました。そして、突然、工場が現れました。
DSC00175-1.jpg DSC00177-1.jpg
看板には、世界で最初に成功した水力の綿紡績工場、と書いてあります。

ここでは、定時に有料のガイドツアーを行っていて、次は14時からでした。30分ばかり待った後、ガイドと思われる年配の男性に、参加したいと身振り手振りで伝えてみました。私たちの他に参加者はいないようでした。でも、なかなか伝わらず、「I can't speak English」と言うと、彼は身振りも加えて「このガイドツアーは、しゃべりがメインだから、英語がわからないなら、参加は無理」というような事をいいました。(と思いました)
それでも、私は中が見たいと身振り手振りで示したら、museum(博物館)があるから、ついておいで、と案内してくれました。
工場跡の一部が資料館のようになっていたのです。案内してくれながら、彼はとても申し訳なさそうに「あなたは英語がわからない。私も中国語(Chinese)が話せないから、これで勘弁してくれ」というようなことを言いました。この時はさすがに私も辞書の助け無しで「I'm Japanese」と突っ込みました。彼は「Oh! I'm sorry! I can speak ‘コンニチワ’」と言った後、再び「日本語も話せないから、説明できない」と言いました。
ちょうどアラン・リックマンさんと同年輩くらいの方で、顔は似ていないのですが、温かでおちゃめな雰囲気がちょっと似ていて、とても素敵なおじ様でした。
階段を上って案内してくれた場所で、好きなだけ見ていい、「no money」だと言って、私たちを残し、戻っていきました。私はそれで十分でした。

そこには、紡績工場ができる前の手動の紡績機や工場で使った機会などが展示されていました。
DSC00183-1.jpg手動紡績機

また、産業革命の年表や、この工場の当時の様子の写真も展示されています。
見学していると、離れた場所にいた息子に呼ばれました。
行ってみると、水車の模型が動いています。たった今、動き始めたそうです。「俺たちのために動かしてくれたんだよ」と言われ、胸が熱くなりました。
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浴槽に浸かった男性(たぶん、創設者のアークライトさん)の指先から水が滴り落ちて水車を回す、というちょっと趣味の悪い展示物

夢中で見て回っていると、mill worker's houseという写真のコーナーがあって、その中にさっき行ったばかりのベルパーの写真もありました。
紡績工は確かにベルパーにも住んでいたのだと思います。
たとえトビアスが紡績工でなくても、「昔、紡績工(スピナー)たちが住んでいた家々の袋小路=スピナーズ・エンド」をそのままの地名で呼び続けることは十分考えられると思いました。

そんなことを思い、20分ほど見学していると、さっきの方が、3人の観光客を連れて入ってきました。彼は私に「さっきはどうも」といった感じの目配せをして、奥に行き、そこで講義を始めました。椅子が二十個ばかり並んでいて、ちょっとした教室のようです。
そろそろ電車の時間だったので帰ろうと思いましたが、講義中の彼に、一言お礼が言いたくて、でも声は掛けられず、持っていた紙の裏にボールペンで「THANK YOU!!」と大きく太く書いてカンニングペーパーのように、お客さんの背後から見せると、手を振って答えてくれました。

この日ばかりは、英語がわからないことが悔しかったけれど、言葉が通じなくても、何か通じ合えるものがあったという喜びで満たされ、またしてもこっそり涙を拭っていました。

しかし、この後、駅に着くと、電車の時間を休日のものと見間違えていたことに気付き、実に50分もの間、携帯カイロを交替で使いながらとてつもなく寒い駅舎で身を寄せ合って耐えました。
そしてようやく来た列車に乗り込み、切符を買いました。暖かいシートに座り、ホッとしてしばらくすると、誰かが私の肩を叩きます。「ベルパー」と言っています。行きのベルパー駅で切符の買い方を教えてくれた犬連れのおじさんが、「ベルパーだから降りなくて良いのか。ベルパーだよ」と繰り返し教えてくれていたのです!
私は、こんどは終点のダービーまで行くつもりだったので、そう言いたかったのですが、なんと「ダービー」をド忘れしてしまいました。
「NO.Belper.」と言ったら(変な文法)、おじさんは降りていきました。ごめんなさい、心配かけてしまって。お礼も十分言えなくて。本当にイギリスの男性は紳士だと思いました。特におじさんが素敵。
そして、ハッ!と気付く私。もしかして、キップもダービーではなく、ベルパーまでしか、買わなかった??
確認してみたら、やはりそうでした。
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クロムフォードからベルパーまでのキップ

もう慌てたのなんの。息子は「乗り越しは100ポンドの罰金だよ」と青くなっています。2万円以上!
すぐに車掌さんを探し、もう辞書も見ずになんとか買い間違えたことを伝えようとしました。声に出たのがこの言葉「I missed」自分では「間違えた」と言ったつもりでしたが、これエキサイト翻訳に入れると「私は消えました」と出ました。こんなこと言ってたのか私!!
でも、その言葉に続けて「Not Belper」と言った後、再びダービーの言葉を忘れて呆然としていると「Derby?」と聞いてくれました。
どうやら伝わっていたようです。
「Yes!Derby!」と言うと、私の切符を指して、「Derby、OK」と言ってくれました。同じ金額だったようでした。

ああ、この日は、ほとほと疲れました。
ダービーからベルパーの乗り換えが見つからずタクシー。
ベルパーからクロムフォードも切符の買い方がわからず右往左往。
工場ではツアーガイドに参加したくて身振り手振り。
最後は切符の買い間違い。
なんとかダービーに戻って、熱い飲み物を買って、ロンドン行きに乗ったときは、どんなにほっとしたことか。帰れないかと思いました。
よく生き残れました(大袈裟)
息子もこの日は「何のためにイギリスに来たのだろう?」と自問したようで、ちょっとムードも険悪でした。そりゃそうでしょうね。ろくな根拠もなく、わけのわからない田舎に連れて行かれて、何度もピンチがあって。しかもお昼は食いはぐれ(クロムフォードで買おうと思ったら、店はなし)、持参したチョコバーとミネラルウォーターだけが頼りでしたから。

夕飯には駅でチキンとバジルのサンドイッチ、春巻き(温めてくれた)を買って帰り、熱い紅茶を入れて食べ、10時前には寝ました。
* Category : 1回目(2007年3月)
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個別記事の管理2007-04-05 (Thu)
イギリス4日目の朝は6時に起き、7時に朝食に降りていきました。
3度目の朝食で、ようやく写真撮影ができました。もちろんフラッシュなしで。
DSC00191-1.jpg ピントが合っていませんでした
写真手前の大皿に載っているのは、時計の(ほぼ)12時の位置から時計まわりに、ハッシュドポテト、焼きソーセージ、焼きマッシュルーム、ポークビーンズ、焼きトマト、焼きベーコン2種、スクランブルエッグです。初日、口に合わなかったソーセージとは名前の異なるソーセージがあったので、取ってみましたが、やはりダメでした…
左一番奥は、リンゴなどのカットフルーツやブルベリーなどにヨーグルトをかけたもの、その手前がシリアルです。バナナがフレッシュに見えますが、パリパリに乾燥したバナナチップです。他、紅茶とオレンジジュース。空のお皿には、後にトーストが載ることになります。
そうそう、紅茶とコーヒーを持って回っている人の他、ウェイターにも色々役割があるようで、使い終わったお皿を下げる人と、トーストがいるかと尋ねる人がいました。
初日、ウェイターの一人が息子に何か尋ね、息子はしばらく迷ったあと「No,thank you」と言いました。「今なんて言われたの?」と聞いたら「トーストはいかがですか、って言ったと思う」と言い、その耳に驚いたのでした。
実際その通りで、この日は初めてトーストもお願いしたのです。
聞いていたとおり、三角の薄い薄いトーストが一人当たり2枚、計4枚スタンドに立てられて、届きました。


さて、イギリス4日目の3/24は、私は予備日に当てていました。
昨日行った世界遺産『ダーウェント峡谷の工場群』に、体調などの関係で行けなかった時のために。
前日は大変だったものの、無事目的地に行って帰ってきていたので、この日は、もう一箇所行ってみたかった場所を目指し、8時に出発です。

その場所も辺鄙なところのようなので、昨日の教訓を生かし、お弁当を買っていくことにしました。サウスケンジントン駅前の店で、サンドイッチをそれぞれ1パックずつ購入しました。チキンサンドイッチと、ベーコンとレタスとトマトのサンドイッチです。
日本のサンドイッチは、三角のものが2~3切れ入っていますが、イギリスのそれは、日本のより一回り大き目でぱさついたパンが2切れ入っていました。また、日本のサンドイッチはフィルムで包装してありますが、イギリスは、サンドイッチの形にぴったり添ったプラスチックのケースに入っていて、形が崩れません。滑り台の斜面にあたる部分がフィルムで、はがして開けます(わかりづらい説明…)

この日は、パディントン駅を利用することにしていました。
オックスフォードに行こうと思ったのです。
旅行社から3/24付けのワンデイトラベルカードをもらっていたので、地下鉄は乗り放題です。しかも土曜日は時間の指定なしです。
サウスケンジントンの駅からピカデリーラインでハマースミス、そこからハマースミス&シティラインでパディントン駅まで行きました。
(このハマースミスというのは、アラン・リックマンさんの生まれたところでしょうか?ウィキペディアにロンドンのハマースミスで生まれたとありますが)

パディントン駅では、自動券売機で切符を買うことにしました。
キャッシュカードで支払おうとしたのですが、機械が上手く読み取ってくれず、もたもたしていたら、後ろに何人か並んでいます。そこで中断して譲りました。並んでいる人の他に、屈強そうな3人の男性もいつの間にか囲むように立っています。
市内観光の時、ガイドさんが「スリはスリー(3人)で行動する」と言っていたので、要注意だと思い、とりあえず駅員さんのいる窓口に向かって歩きました。ついてはこなかったし、どうだったのかはわかりませんが、お財布を出して切符を買っている時は、狙われ易いと思います。
ガイドさんが言うには、1人がカバンの口を開け、2人目が財布を抜き取り、3人目が財布を持って走って逃げる、のだそうです。
それを聞いた時、息子は陸上部だったことで脚に自信があるらしく、「走って追う」と言いました。私はもちろん、やめるように諌めていました。
この時囲まれた男性が皆ベン・ジョンソ○そっくりだったので、「中学生ごときがベン・ジョン○ンに敵うはずがない」とあっさり諦めていました。いい勉強になりました。
結局現金で、券売機で買いました。英語だったので、うっかり片道しか買わなかったので高くつきました。一人片道£17.4(約4100円)です。

13番線から乗ったのですが、キングズ・クロス駅同様、13番線はちょっと変な場所にありました。またさっきの地下鉄と同じ自動改札機を使って入り、逆戻りかと思うような場所でしたが、とりあえず、表示どおりの9:00に出発したので、一安心でした。

景色はたちまち田園風景になりました。前日もそうでしたが、ロンドンはとても都会なのに、ちょっと離れただけで、驚くほどのどかな風景になります。
ガイドブックには1時間ほどで着くと書いてあったのに、1時間20分を過ぎても着かないので心配になってきました。こんなにロンドンから遠く離れてしまって、「行き先が違った」では済まないと思ったのです。
でも、1時間30分後には目的のオックスフォード駅に到着しました。
やれやれです。
前日のダーウェント峡谷も寒かったのですが、降り立ったオックスフォードも鋭い寒さがありました。
* Category : 1回目(2007年3月)
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個別記事の管理2007-04-06 (Fri)
オックスフォードには、ハリー・ポッターの映画のロケ地、クライストチャーチがありますが、それは帰りに時間があったら寄るつもりでした。
この日、私が行きたかった場所は、さらにバスで20~30分ほどの所にあるブレナム宮殿でした。ここも世界遺産に登録されています。

オックスフォード駅から東に500mほど行った先にあるグロースター・グリーン・バスステーションを、地図を見ながら苦労して探し出しました。
二階建ての立派な観光バスが並んでいます。
切符を買おうと、切符売り場に並びました。
行き先の「Blenhaim Palace(ブレナム・パレス)」は、明らかに息子の方が発音が良かったので(市内観光のガイドさんに教えてもらっておきました)、買わせるつもりでした。
しかし、ここでもすんなり切符は買えませんでした。どうも場所が違うようです。私が「Where・・・」と言ったきり、後が継げずにいると、「next door」と身振り手振りで教えてくれました。
建物に添って教えてくれた方向に歩き、最初のドアを開け、聞いてみたら、「pay driver」と言われました。またしても車中で買うようです。さらに発車時刻と8番のbay(区画?)から20番のバスに乗るよう教えてくれました。表示はないけど案内所だったのでしょうか。

そこは1~14だったか18だったかのバス乗り場が横一列に並んでいました。その間隔は大変狭いのに、行儀良くバスは並び、さらっと出発していく様子に感心しました。
私たちが最初にバスに乗りました。練習したとおり息子が発音したら、難なく買えました。そして、二階の一番前の左側の席に座りました。
DSC00193-1.jpg
出発後バスの上から見たオックスフォードの街

二階からの眺めに喜んだのも束の間、降りる時はどうしたらいいのか心配になり始めました。日本のバス同様、降りるバス停が近づいたらブザーを押して知らせるようなのですが、アナウンスがあるわけではないのです。でも、初めて行く場所なので、近づいたのかどうかなどわかるはずもなし。これは最初に運転手さんに言うべきだったと気付いたけれど後の祭り、走っている状態で、それを伝えに行くのも憚られました。

観光地なので、誰かが降りるかも、という淡い期待と、道路の案内板と、バス停の名前を見ながら、乗っていました。
ブレナム宮殿の看板と、その近くの街の名前が頻繁に出始め、そろそろ?と思ったとき、後ろの方の席から「Blenhaim Palace!!」と叫ぶ声が聞こえました。ガバッと立ち上がり振り向くと、私を見ている男性がいたのでブザーを押しました。やはり、私たちに教えてくれたようで、その方は降りませんでした。切符を買う声でも聞いていたのでしょうか。結局1階席から何人か降りたので、知らせがなくても気付いたとは思いますが、またしても人の情をありがたく感じました。そういうことは、日本人はなかなかできないと思います。


ブレナム宮殿は個人の邸宅です。第二次世界大戦中の首相、チャーチルが生まれた家だということです。実家ではないらしいのですが。住んでいらっしゃる方のお名前が、マールボロ公とおっしゃるので「」と思ったのですが、綴りがMarlboroughで、トム・マールボロ・リドルのMarvoloとは違って残念です。

とにかく、広大な敷地で驚かされます。2100エーカーだというのですが、エーカーがピンと来ません。計算が間違っていなければ、8.498平方キロメートルです。東京の国立市が8.15平方キロメートルということですから、それ以上の敷地ということでしょうか。国立市をよく知らないので、結局ピンとこないのですが。

20070324205659.jpg 門を入ってすぐに携帯で撮影
遠くに人が見えますが、その少し先が料金所です。さらにその奥に遠くかすんで見えるのが、宮殿の一部です。
こんな広大な敷地で、私は目的のものを見つけられるのでしょうか。

料金所は駐車料金を払う場所だと思い、素通りしかけ、呼び止められました。そこで「Park and Garden」と言って公園と庭園の見学料金を払いました。宮殿の内部には入れませんが、見るつもりはありませんでした。目的物は外にあるのです。チケットと一緒にパンフレットを渡されたので「map?」と聞いてみました。答えは「Yes」
そこでさらに質問です。「Harry Potter?」「ロケ?(日本語)」
相手の若い女性、にっこり笑って「Yes!」そして地図を指してくれました。
後で息子が「ロケーションとか言えば良かったのに」と何度も蒸し返して笑いましたが、とにかく通じたので良いのです。

教えてもらった場所に向かって歩きました。
DSC00197-1.jpg途中の景色

以下、映画「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」のネタばれ的な画像があります。大丈夫な方は続きをどうぞ。 

そして、料金所から20分ほど歩いて、教えてもらった場所、橋を渡ってすぐ左手に、目指すものが見えました!すぐわかりました。
DSC00198-1.jpgこの日の目的物
実は、料金所では最後にもう一つ質問をしていました。
「big tree?」
料金所の女性は、大きく頷いて、もう一度その場所を指して「橋を渡ったところ」と教えてくれたのでした。

7月に公開される映画「不死鳥の騎士団」では、アレック・ホプキンス君演じる若きセブルス・スネイプが、この木の下で読書をしているはずです。

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個別記事の管理2007-04-07 (Sat)
映画「不死鳥の騎士団」の、おそらくスネイプ先生の記憶の一場面に、この場所は使われているようです。
ここでの撮影場面の画像がいくつか既に公開されていて、私はその撮影現場の「ブレナム宮殿」という言葉だけを頼りにここまで来たのです。
思った以上に広い敷地でしたが、料金所のお姉さんの助言のおかげで見つけられた時は、どんなに嬉しかったか!

その場所まではとても急な斜面を降りる必要があり、つんのめりそうになりながら下っていくと、草が少し踏まれて、道になりかけていました。撮影現場にたくさん写っていたスタッフたちに踏み拉かれたのだろう、と思いましたが、もしかしたら、観光客が既に何人もやってきているせいかもしれません。
しかし、その日は土曜日だったのに、寒くて天気が悪いせいか、観光客はとても少なく、その場所も私たちだけで独り占めできました。見渡す限り、人っ子ひとり見つけられませんでした。

公開されていた写真をプリントアウトするのを忘れてしまっていたため、どの角度から撮影されたものか、よくわかりませんでした。
アレック君の姿勢なども忠実に再現したかったのですが、帰国後確認してみたら、膝の曲げ具合が甘すぎました。
撮影した写真の数々は、ネタばれが大丈夫な方のみ、一番下の続きからどうぞ。

撮影後、ここでお昼にすることにしました。
しかし、私は、撮影直後からお腹が痛くなっていました。
今まで滅多に壊したことのない強靭な胃腸が、ついに悲鳴をあげたようです。その日の寒さはとても厳しく息も凍るほどだったのに、撮影のために防寒着を脱いだのが原因でしょうか。それとも、ずっと続いていた風邪のせいか、あるいは、朝食の食べすぎか、前日の何かに中ったのか。
サンドイッチは半分だけ食べ、残りは食べてもらいました。

それでもとにかく、息子が行きたがっていた迷路だけは行かなければなりません。平静を装いながらも、広い広い敷地を迷路とトイレを目指して歩きました(汗)
とにかく遠いのです。何しろ国立市を横切らなければなりませんから。
DSC00216-1.jpg
他の場所にも奇妙な形の巨木がいっぱい。料金所で聞かなければ、あの場所は見つけられなかったかしれません。

撮影現場とは地図上でほぼ対角線の位置にある、遠いプレジャーガーデンという所に行きました。そこには、生垣で作られた迷路がありました。ちょうど炎のゴブレットの第三の課題のように。
私の住む街にもそんな生垣の迷路のある公園があるのですが、規模が違います。高さは私の身長より50㎝以上は高く、そして、わかりにくいというか難易度が高いです。
DSC00213-1.jpg  DSC00210-1.jpg
右の写真は、途中で歩道橋のようなところを通った時に撮影しました。一見低く見えますが、2m近い高さです。
再びトイレに行きたくなっていた私には、この難易度の高い迷路は、拷問です。早く出たいのに、出口がない!!
なんとか出られましたが。

すっかり冷え切っていたし、目的は遂げられたしで、その後はもう庭園を散策することなくブレナム宮殿を後にしました。
少し待っただけでバスが来たのは幸いでした。オックスフォードは終点だし、切符は往復で買っておいたし、日本人の若い女性たちの集団も乗ったし、でなんとなく帰りは安心でした。
でも、お腹は相変わらず不安定だったので、クライストチャーチは断念しました。終点で降ろされた目の前に、クライストチャーチへの矢印の書かれた標識がありましたが。

帰りの電車は座れましたが、暖房が効いていなくて、1時間半がとても辛かったです。降りたパディントン駅は、行きと違い、プラットホームが連なる大きな大きな駅でした。 
DSC00217-1.jpg 乗っていた電車
ここでパディントンベアーグッズをお土産に買いました。
「くまのパディントン」のお話は子供の頃から私は大好きでしたから、ちょっと得した気分でした。でも、駅構内にあるという像は見つけられませんでした。探し出す気力もなかったのですが。

パディントン駅といえば、「ハリー・ポッターと賢者の石」でも出てきますね。ハリーがハグリッドとロンドンのダイアゴン横丁で買い物したあと、プリベット通りのダーズーリー家に戻る時。
「パディントン駅で地下鉄を降り、エスカレーターで駅構内に出た」(1巻5章p.130)
電車が出るまで時間があるからと、ハリー達はハンバーガーを駅構内のプラスチックの椅子で食べています。その後電車に乗って、走り出した電車の窓からハグリッドを見ていて瞬きしたとたん、ハグリッドの姿が消えていました。
映画ではパディントン駅は出てこなかったし、印象に残っていなかったのですが、ちょうど逆のコース、電車から降り、エスカレーターで下って、地下鉄に乗って、ホテルのあるサウスケンジントンに戻りました。

ホテルに向かう途中、近くのスーパーに入り、息子の夕飯や、家族へのお土産にできそうな物品を物色しました。
本当は、イギリス最後の晩として、ちょっとおめかししてレストランで食事をしようと、それぞれ服も用意していたのですが、私がとても無理だったので、レストランは止めました。
スーパーでは、袋入りのポテトチップスや、チョコレート菓子、カップスープ、カップめんなど、日本では見たことのないものを買いました。
まあ、輸入品を取り扱う店ならあるかもしれませんが、そういう所を覗く習慣はないので、どの品も目新しく感じます。

ホテルに向かう途中にある本屋さんの店先に貼ってあるポスターが、最初から気になっていました。一度は撮影しましたが、通りの向こう側にあるので、良く撮れていなかったです。もう一度近くまで行って撮影だけはしておこうと、最後の力を振り絞って通りを渡りました。
DSC00220-1.jpg
すごくブレた画像ですが、これが精一杯でした。何しろ、店先を撮るので後ろめたく、急いでいたのです。しかもよく写らず、何度か撮りなおした結果です。見えるでしょうか、「HARRY POTTER and the Deathly Hallows」と書いてあるのが。
撮影中、通りかかったカップルの男性が「何だ?」というようなことを英語で言いました(なんと言ったか覚えていない)
女性の方が「Oh! Potter」と納得したような声を出していました。
ハロッズの本屋さんも同じ名前の店でしたから、チェーン店なのでしょうか。やはり同じポスターが貼ってありました。
帰国後すぐに表紙が発表されましたから、今頃は違うポスターが貼ってあるかもしれません。
しかし、このポスター以外は、街中でハリー・ポッターに関連するものは見つけられませんでした。まだそんなに盛り上がっていないのでしょうか。

スーパーで買ったものを息子は夕食とし、私は砂糖をたっぷり入れた紅茶だけにしておきました。最後の晩なのに冴えない・・・
テレビで「トイストーリー」をやっていたので、つい見てしまいましたが、内容を知っているためか、映像がわかり易いのか、英語のみでも二人とも十分楽しめました。
そして、荷造りをして、時計の針を1時間進めて寝ました。
イギリスに到着時から、旅行社の人に繰り返し言われていたからです。
この晩寝て、次の朝起きたら、イギリス全土で1時間進んだサマータイムとなっているはずです。

DSC00200-1.jpg近づいて撮影
これはほぼ公開されている写真と同じ角度になっています。

DSC00201-1.jpg見る位置を変えて撮影
この大きな洞は、中が黒く焦げたように見えました。すごく大きな空洞になっています。

20070324213647.jpg 裏側からも撮影
デジカメのメモリーの残りが少なくなり、携帯でもガンガン撮影しました。


DSC00202-2.jpg セブルス少年のつもり
本当は、ジーンズ姿でしたが、画像を編集してちょっと脚を黒く塗ってみました。ここで、マントを着たかったのです。この撮影のためだけに。実際寒くてマントが欲しかったです。

DSC00204-1.jpg 違う角度からも撮影
日本からはるばるやってきて、こんなバカな母親の姿を撮影し続ける息子の胸中やいかに。でも、文句も言わず、撮り続けてくれました。この他にも何枚か。遠くに宮殿も見えます。

DSC00208-1.jpg
すっかり自分がなりきり、スネイプ先生にご登場いただくのを忘れていました。帰りかかって撮影。でも、むしろこの方が記憶の場面みたいな効果が出せたような気もします。長時間のカバンでの移動と、強風のため、御髪(おぐし)も乱れ気味。

映画でこの樹の場面がカットされていませんように。

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個別記事の管理2007-04-08 (Sun)
イギリス最終日のこの日は日曜日だったので、ホテルの朝食は7:30始まりでした。それでも色々準備があるからと、6:20には起きました。
しばらくしてから、サマータイムでずれた時間の確認を、とテレビをつけたところ、1局しか時間の表示をしていませんでした。
そして、その時間は7:44でした!私の時計では6:44です。
確かに前夜、1時間ずらしました。だとしたら、サマータイムって、2時間のずれ?でも、2時間のずれなど聞いていません。
息子は「フロントに『掘った芋いじるな』って聞いてこようか」と提案しています。
それは、イギリスに来る前から、「What time is it now?」の代わりに「掘った芋、いじるな」で通じるかどうかを試したがっていたからです。その頃は、「時計を持っていることだし、そんな質問をする場面などないでしょう」と笑い飛ばしていたのですが、時間を尋ねても不自然じゃない状況に陥ってしまってびっくりでした。

そうこうするうち、テレビの時間が8時に、私の時計が7時になりました。もう一度、とチャンネルを変えると、BBCで時間表示が出ていて、その時間は7時でした。BBCが間違えることはないでしょう。
やっぱり、私の時計は合っていたのです。
そして、最初の局(8チャンネル)では、相変わらず更に1時間進んだ時間を表示中。なんていい加減な。誰も問い合わせたりしないのでしょうか。チャンネルによって時間表示が違うなんて。
日本より小さな国ですから、場所によって時差があるはずもないし。
結局、「掘った芋」を試しには行きませんでした。行ってもよかったでしょうけど。

相変わらず風邪気味ではありましたが、お腹は完全に復活したようだったので、朝食はしっかり食べました。1食抜いたから空腹だったのです。
小説家のサマセット・モームが「イングランドでおいしいものを食べようと思えば朝食を三回食べよ」と言ったということは、あらゆるサイトやガイドブックで紹介されているのですが、今回の滞在、朝食は確かにとても美味しかったです。4日間同じホテルの朝食でしたが、色々選べるので飽きなかったです。

旅行社の人が迎えに来る少し前、チェックアウトの手続きをし、特に追加料金もなく、貴重品だけ取り出してもらって、これで「OK」だと言われました。
私は、このホテルが気に入っていました。毎日掃除は行き届いているし、タオルもシーツも清潔だし、お湯はたっぷり出るし、紅茶やコーヒーも毎回補充してくれるし、朝食も美味しかったし、言葉の壁はあったけれど接客の態度は丁寧だったし。
電子辞書には「このホテルはよかったですよ」を意味する例文が出ていました。「I enjoyed my stay」です。
言おうと構えていたのですが、いざチェックアウトが済んでみると、すっかりセリフを忘れていました。
それでもなんとか伝えたい。「I enjoyed…」と途中まで言って言葉に詰まっていたら、もうそれだけで十分通じていました。
笑顔で大きく頷いてくれて、「大丈夫、わかりました」というようなことを英語で言ってくれました(既になんと言われたかは覚えていない)
満足してホテルを去りました。

旅行社の車に一緒に乗ったのは、私たちの他に一組の母娘、一人旅の若い男性でした。そのまま一緒に搭乗手続きをして、出国の手続きのための長い長い行列に一緒に並びました。
その母娘は、海外旅行は何度かされているようでしたが、こんな長い行列は見たことがないとのことでした。とにかく気が遠くなるほど長い行列で、その階だけでは収まらず、階段を上り、外の駐車場に一旦出て、また折り返してくるという有様でした。飛行機は13時発の予定で、列に並んだ時は10時にはなっていなかったのですが、軽く1時間以上は並んでいたと思います。旅行社の人が、帰ってしまってからは、一緒の車だった人たちと、何か不思議な連帯感のようなものができていました。
無事出国できましたが、チェックは成田より厳しく、靴まで脱がされました。

帰りの飛行機は、窓側2席だったので、行きよりずっと快適でした。
滑走路の順番待ちで行儀良く並ぶ飛行機の数々を眺めたり、雲の上の青い空や、真っ赤な夕焼け朝焼けを見ることができたり。
雲の上に出る少し前、イギリス上空でまだ陸の様子が見えていて、だんだん小さく遠ざかっていく様子は寂しかったです。

食事の回数は相変わらず多く、辟易しました。
それでも日本に入るまでは、イギリスにしがみついていようと、食事は決して和食は選びませんでした。
最初の食事は、ビーフシチューを選びました。
DSC00224-1.jpgまたまたピンボケ写真
そして、最後の食事は、イングリッシュ・ブレックファースト。
何回朝食食べてるんでしょう?私。正直、機内食の朝食は、それほど美味しくなかったです。

本当に、楽しい旅でした。思い出すたび、豊かな気持ちになれます。
最後まで言葉の壁に悩まされましたが、伝えたいと思うことは片言の単語と、身振り手振り、表情で十分通じることが実感できた旅でした。
やっぱりノンバーバルコミュニケーションは、大事でした。
仕事をする上でも以前からとても大事にしていることでしたが。
ノンバーバルと言えば、non-verbal spell(無言呪文)、スネイプ先生もノンバーバルを推奨しています。今後重要になってくることは間違いないです!

タイトルに「世界遺産の旅」と入れた割には二ヶ所しか行けなかったのですが、そのへんは大目に見てくださいね。
イギリスがますます好きになったので、また是非いつか行きたいと思います。今度はスコットランドとか、羊毛の紡績の街も行きたいところです。スネイプ先生を、ずっと探し続けていたいと思います。
7巻を読み終わっても、そう思っていられますように。
もっと、もっと行きたい場所が増えますように。


結局手短に書けませんでしたね。長い旅行記を読んでくださった皆さん、ありがとうございました!!
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個別記事の管理2007-04-21 (Sat)
イギリス旅行に行ったのは、ちょうど一ヶ月前でした。
クロムフォードで、ちょっと耳慣れない鳥の鳴き声を聞いたので、携帯の動画で録音してみました。
パソコンではうまく再生できたのですが、それをブログに載せる方法がよくわかりません。今日、かなり時間を割いて調べたのですが、結局わからず、お聞かせできないのが残念です。

クロムフォード駅近くの林の中から聞こえてきていました。
私が知らないだけで、日本にもいる鳥なのかもしれませんが、ちょっとひばりのように高い声で、でももっとリズミカルな鳴き声でした。
「チョビアン、チョビアン」と聞こえます(アンチョビには聞こえない)何だったのだろう?

さて、動画は無理でしたが、お土産に買ってきた物についていくつかご紹介します。
ちょうどイースター休暇の前だったので、あちこちの店で、イースターエッグを売っていました。
鶏卵サイズの物もあれば、まるでドラゴンの卵かと思うほどの特大のチョコレートでできた卵も見ました。
お土産にと買ったのは、花の絵が描かれた鶏卵サイズの缶の卵でした。
DSC00270.jpg
ほら、パンジーとナルシッサです(笑)
ラッパ水仙なのでnarcissusではなくdaffodilなのかもしれませんが。
中身は、やはり卵型のゼリービーンズでした。ちょっとウズラの卵みたいな斑点がついています。これがなかなか美味しいんです。香料はやや強いけど不快ではない程度で、すぐ次を食べたくなる甘さでした。


カップスープも買ってみました。
DSC00272.jpg
タイ風のチキンスープと、人参とコリアンダーのスープです。
1箱に4袋入っています。写真で見るとすごく美味しそうに見えます。
が、試しに1つ作ったチキンスープは、家族が皆一口で降参しました。
ココナッツミルクの風味に馴染めなかったのもありますが、何というか、味のバランスが微妙。旨みが感じられず、粉っぽい味も強くて、「セメントみたい」という感想が多かったです。私も二口が限度で、残りは夫が食べきりました。まだ3袋残っています。
人参スープの方は、まだ開封していません。コリアンダーはやはりちょっと怖いです。

写真を撮る前に食べてしまったのが、カップ麺。
「ポットヌードル」という商品名(実際は英語)だったかと思います。
チキンとマッシュルーム味でした。
帰国した翌日、まず一つを作りました。
熱湯を入れて2分したらかき混ぜて、さらに2分待つという、日本のカップ麺との作り方の違いがありました。味がチキン&マッシュルーム、というのも欧風だと思いました。
中には小さな「Soy sauce(醤油)」の袋も入っていて、お好みで入れられるようになっています。醤油を入れないときの味と匂いは、イギリスそのもの、と感じました。ホテルの匂いというか、イギリスで食べた全てに共通する匂い、というか。
醤油を入れても、やっぱり日本のカップ麺とは全く違うスパイシーな香りがしました。
そして、これもやっぱり粉っぽい。なんでイギリスのインスタント食品は粉っぽい味が多いのでしょう。とろみを小麦粉でつけているのかな。
そして、気のせいかもしれませんが、買ってきた3つの同じカップ麺の味が食べるたび少しずつ違って感じられました。
何日か日を空けて、また一つ作って回し食べしたのですが、同じ物なのに、前回食べた時の方がスパイシーに思えました。家族みな同意見でした。さらに日を空けてもう一つ食べたのですが、だんだん、日本のカップ麺に近い味になってきた気がしました。
まさか、日を置くと気が抜けるのでしょうか?揮発性の高い成分の香料が飛んでしまったのではないかと話し合いました。イマイチ、密閉度も低いようだし。調味料の量がアバウトなのかもしれません。
そういえば、ショートブレッドも、切り方がアバウトで、大きさに差があって笑いました。
珍しい異国の味というだけでなく、個体差があったのが面白いです。
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個別記事の管理2007-04-22 (Sun)
イギリスに行った時、朝夕のラッシュ時に駅を利用したら、あちこちで何かチラシのようなものを配っていました。ティッシュのようなものはありませんでしたが。新聞を配っている姿も見受けられました。
ちょうど日本のスポーツ新聞のような感じだったので、てっきり売っているのだと思い、手を出さなかったのですが、そのうち、フリーペーパーだということに気が付きました。
3/23の夕方、キングズクロス駅前で、息子とそれぞれ一部ずつもらってきましたが、違う種類のものでした。

中は芸能情報やスポーツに関する記事が多かったです。
俳優や女優の写真、映画の評価なども多く出ています。
私はその中にアラン・リックマンさんに関する記事がないか、映画「不死鳥の騎士団」に関する記事はないかと目を凝らして見たのですが、見つけられませんでした。
かろうじて知っていたのが、ジョニー・デップさんとエマ・トンプソンさん。
ジョニー・デップさんの記事は、映画に関するものではなく、娘さんの容態が改善された、というものでした。(多分、そう書かれていたと思う)deadly E.coliに罹っていたとかいう内容で、E.coliは大腸菌ですから、病原性大腸菌だったということかな、と思いながら読みました。
既に回復して、映画「Sweeny Todd」の撮影に戻る、とかいう内容でした。ここで初めてわずかに、アランさんに関わる部分を見つけた!と思いました。「Sweeny Todd」には、アランさんも出演されますから。

エマ・トンプソンさんの方は、ちょっと大きめの写真が二枚載っていて、間違い探しができるようになっていました。
はああ~この国の人は、フリーペーパーで、こんな大女優の間違い探しをするんだ~と感心しました。
と思って、今、読み返したら、なんとダニエル君のエクウスの写真も載っていました。
ロンドンでは気付かなかった!気付けばもっと感動したものを!!

DSC00276.jpg
2種類のフリーペーパーと、レンタカーのチラシ

DSC00278.jpg
上の丸の中がエクウスのダニエル君。劇場名、電話番号、最寄り駅が書かれています。最寄り駅のピカデリーサーカスは、2回も行ったのに、気付かなかった・・・
下の円の中は、指輪の数とかショールの長さなど5つの違いがあるエマ・トンプソンさんの写真。

どちらの新聞も40ページ、44ページとなかなか読み応えのあるものでした。やはり日刊でしょうか。エネルギッシュだなあ。
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